ペッパー 🤖

  • 2019.04.04 Thursday
  • 13:18













その昔、


胡椒(ペッパー)は 砂金 と同じ価値だった。













 ローマ帝国が東西に分裂した後、408年に西ゴート族のアラリック1世がローマを包囲しました。

この時、ローマ人はいろいろと貢物をさせられるのですが、ペパー1トン以上を金銀と併せて支払ったと言われています。
1トン以上のコショウとは、どんな量なのか想像がつきません。

金銀とともに要求されたのでしょうから、コショウの価値が分かります。

中世になってもこのコショウの価値は高いままでした。
国々の中には、通貨と同じ価値をもたせているところもあったようです。

例えば、ある国では税金をコショウで納める、ある国では給料をコショウで払うなどです。

というのも、冷蔵技術が無く、食品の保存手段が限られていた中世では、コショウが防腐・防菌の役割を果たすようになっていたのです。

そのためコショウは幅広い料理に使われ、大航海時代の食糧保存にも一役買っていたのです。

 さて、コショウはインドから東の方にも伝わりました。中国でもコショウは人気で大量に買い付けている国の一つだったようです。
その中国ではコショウを胡椒と呼ぶようになりました。胡は西方のこと、椒はスパイスのことでした。西から来たスパイスという意味でしょうか。

日本も8世紀にはコショウが入ってきたようですが、この中国の呼び名にならったようです。

もちろん正倉院の宝物のなかにも胡椒が含まれています。
また聖武天皇が亡くなったのち、光明皇后が東大寺に薬物を収めたのですが、そのリスト「種々薬帳」には「胡椒」が記載されていました。

他のスパイスと同様に生薬として使われていたのでしょう。

コショウは長らくインドからトルコを経由してヨーロッパへ運搬されていました。
ところが1453年に東ローマ帝国がオスマントルコに滅ぼされ、このルートが閉ざされてしまいます。

ヨーロッパ各国が貿易の覇権を競い合う、大航海時代が幕明ける背景には、このような胡椒事情もあったのですね。










////////////////////////////














時代によって 価値が変わるのは、











タイムマシンでもないと わからないと思います。















「ジャックと豆の木」のように


最初は ゴミだと思われても













未来には 変わっているかもしれません。


























Apple TV + いいですね     🐩











コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

selected entries

categories

archives

links

search this site.

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM